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ブラタモリは銚子!見逃した方どうぞ!2019.6.8放送

2019年6月8日放送のブラタモリは、銚子を歩きました。再放送も終了しています。
詳しくレポートしていきます。

水揚げ量8年連続日本一!千葉県・銚子漁港に全国の漁船が集まる秘密をタモリさんが解き明かす!▽“トンガリ”地形が生んだ奇跡の漁場▽しょうゆマネーが漁港を生んだ!?

「ブラタモリ#136」で訪れたのは千葉県・銚子市▽銚子はむかし島だった?犬吠埼で1億2000万年前の地層を手がかりに、太平洋に突き出したトンガリ地形の秘密を探る▽坂道の上に広がる台地で生まれた高級品とは?▽銚子電鉄・緑のトンネルに「鉄道大好き」タモリさんも大興奮!▽江戸時代の銚子にばく大な利益をもたらした「しょうゆ」にかくされた秘密とは!?▽マイナス35度!巨大冷凍工場が日本一の銚子漁港を支えた!

【出演】タモリ,林田理沙,【語り】草彅剛

ブラタモリ 水揚げ日本一!銚子漁港

「銚子は、房総半島の右っかわにピッとでてます。銚子だけあって漁船がでかいですね。」
「タモリさん銚子は?」
「銚子好きで2回目ですね。普通の人は行かない。若い女の子はあまり行かない」とタモリさん。
「私の周りもいない」と林田アナ

銚子港は、利根川の河口域にあり、3つの魚市場を持つ、4kmに渡る漁港です。

さて、今日のお題がやってきます。
「銚子はなぜ日本一の漁港になったのか?」

案内してくれるのは、銚子の町の成り立ちに詳しい城西大学准教授(歴史地理学)の山下琢巳さんです。
「銚子が一位との印象ありましたか?」
「いえ・・」
「水揚げが一位なんですね。二位の焼津を大きく引き離しています。
8年連続日本一で、水揚げが、一日5000トンを超えることもあります。」

「この大きな漁船はどこからきたんだろう?」
「この船は・・八戸から!」
銚子の水揚げの八割以上は他県の漁船です。
どうしてわざわざ銚子へ来るのでしょう?

今日はどうして銚子が日本一の漁港になったのか探っていきましょう!

船の上に小型の船が乗っています。
「網をしかけるのに船がもう一つ必要」
「船ON船」と林田アナ。
「船大好きです」今日はずっとここでロケでもいいと、タモリさん。


ブラタモリ トンガリ地形、豊かな漁場ができた理由は?犬吠埼(いぬぼうざき)

タモリさんたちがまず向かったのは銚子の東の外れ、犬吠埼(いぬぼうさき)。
ここの地形に全国から漁船が集まる理由が隠されています。

犬吠埼灯台が見えます。無線の塔も見えます。碍子(がいし)も。
「アンテナ好き、碍子(がいし)も好き」
タモリさんの好きなものばかりです。

銚子市学芸員(地質学)の岩本直哉さんに話を聞きます。

今日は、灯台に上らないというので、喜ぶタモリさん。
海岸は絶景。この先はアメリカ・
「このあたりの地形は、国のとっぱずれと言われたほどの日本有数のトンガリです」

トンガリの地形は、日本一の漁港になったことと関係があります。
まずは、トンガリができた理由を説明してもらいます。

地面を見ると、砂の上に謎の模様。
「生痕化石(せいこんかせき)ですね」「ゴカイですね」説明される前にあててしまうタモリさん。

「こちらはゴカイのふんの化石です」
「さわっちゃった!」と林田アナ。
「生フンじゃないから大丈夫」とタモリさん。

このあたりは、アンモナイトの化石も見つかる、一億2000万年前の砂岩の地層です。8000万年より古いと地層は固くなるので、このあたりは非常に硬いです。関東地方でこれほど地層が固いのは銚子だけ。だから、削られずに残ったのです。

砂岩の地層が見えるところに来ました。
十二万年前、ここは島でした。

実験をします。
タモリさんが銚子島になります。そこに林田アナが土砂になってシャーとふりそそぎます。
そのあと、両側から二人がやってきて、隆起!(謎の実験)

つまり・・
地層が固くて島となっていた銚子島に土砂が堆積して地続きに、それから土地が隆起して今の形になったのです。

次に、漁場ができたわけの説明です。

銚子のとんがりの影響で、南からの暖かい黒潮は太平洋の方へと針路を変えます。北からの栄養たっぷりの親潮と銚子付近でぶつかります。プランクトンがぶつかったところで大発生、魚もやってきます。
長い利根川からも栄養たっぷりのものが流れてきて、銚子のあたりは栄養たっぷり、魚がおびきよせられたのです。


銚子で最初の漁港! 外川(とかわ)

外川にやってきました。江戸時代に作られた銚子で最初の漁港です。
今も昔も密集して暮らしています。和歌山からきた人が作った町です。

歩いてみます。碁盤の目のように作られた道。港から、坂の上の平らな台地に向かって石畳の立派な坂道が何本も通っています。
「何かを運んだ?」
この坂道は、荷車で魚を運搬したあとなのです。

昔の地図を見ると、台地の上には、「砂地」と書かれた土地がたくさん。
「何を作っていたんでしょう」
「肥料か・・」また正解するタモリさん。
驚く林田アナ。

江戸時代には、魚を使った肥料である干鰯(ホシカ)は最高級の肥料でした。
ネコに「ネコチャン♪」と呼びかけるタモリさん。

外川に住んで83年、干鰯(ホシカ)に詳しい島田さんに話を聞きます。
島田さんは、語ります。
「このあたりは、落ちた干鰯(ホシカ)は誰でも持って行ってOK。ネコも見むきもしなかった。このあたりは大金持ちの土地だったのよ。落ちたものを売って大儲けした人も。生きてるうちにタモリちゃんに会えてよかったわー」

島田さんに話を聞いた「外川ミニ郷土資料館」は、もともと島田さんの旧宅!
旧宅を壊すことになった時、資料館開設開設を思いついたと郷土資料館のサイトに書かれています。

さらに、このサイトには、外川の港を繁栄させた「和歌山の人」についても書かれています。

海難に遭った紀州広村の崎山治郎右衛門が、飯沼村(現飯沼町)、高神村(現外川町)の人々に助けられたことに端を発し、寛永年間(1624~1644)、その恩返しに故郷から140人もの漁師を呼び寄せ、漁業技術の伝承と外川漁港建設に尽力しました。
崎山治郎右衛門の碑は、外川の大杉神社境内に奉られています

なんと、和歌山から崎山治郎右衛門がやってきたのは、海難の時の恩返し。その結果、外川は発展したのですね。

ブラタモリ 銚子電鉄にのって外川から銚子へ!

「銚子漁港の発展のためには、さらに革命があったんです。
銚子電鉄に乗って見に行きましょう!」

ツートンカラーの2両編成の電車に乗っていきます。
「緑のトンネル」美しい森の中を走ります。
名物「濡れ煎餅」をもらいます。
「しっとり、不思議な触感、甘辛くておいしい♪」林田アナ。

銚子電鉄のサイトには、ブラタモリのポスターが!
このサイト攻めてます。
「電車屋なのに自転車操業なので自転車はじました!」レンタサイクルのお知らせ」
「映画 電車を止めるな」クラウドファウンディングのお知らせ」


草彅剛の声が消えた!ヒゲタ醤油

車窓には、醤油工場が見えてきました。
この醤油で、莫大な利益を上げたことが、銚子漁港の発展につながります。

ブラタモリは、ヒゲタ醤油に入ります。

「こんなにでかいんですか!」
1616年創業、銚子で最も長く続く醤油工場です。

「ここからは、私工場長の松若がご案内させていただきます」
松若工場長のナレーションに代わります。実際にブラタモリを案内したのも村若工場長です。

ブラタモリの正規のナレーター草彅剛さんは、他の醤油会社のCMに出ているための配慮ではないかと、評判になってます!

しょうゆのもろみを見学します。攪拌すると、オレンジの液体がポコポコ。
強い香りがしてきました。これが銚子の醤油の特徴。
もともと大豆と塩から作られた醤油。
「江戸時代にこの工場の前身となる蔵で、あるものを加えたことがこのにおいの秘密です。」

タモリさんたちは、ヒミツのものを食べてみます。
「おいしい、なんだろう?」
小麦を炒ったものだそうです。

小麦は発酵するとアルコールを発生させます。アルコールは空気に触れると、香りを出すので、とても香りがよくなります。さらにかつおダシを加えたものは、蕎麦つゆにも盛んに使われました。

小麦の香りが入っているものと入っていないものの味比べ、
「全然ちがう!」と林田アナ。
小麦がカツオの生臭さを消している。

醤油工場の社長は、銚子港の発展が大切と、多額の寄付。
現在のような銚子漁港を作るのに貢献したそうです。

「先々のニーズを読み取ったのですね」

草彅剛さんとのナレーター交代で話題になった松若工場長。
違和感を感じさせない上手なナレーションでした。
ヒゲタ醤油のサイトでは、社長さんの次に名前があるナンバー2!
常務執行役員松若 昭夫(生産本部長)

銚子漁港がナンバーワンになった最後の決め手!銚子漁港

銚子漁港が日本一になった最後の決め手を見に、銚子漁港に戻ってきました。
醤油工場から銚子漁港に戻ってきたタモリさん&林田アナ一行。

再び坂を上ります。
「今日は坂を上る日」

銚子の台地の上には冷凍庫!
一行は冷凍庫にはいります。「寒い!!」
積みあがる魚、魚。今はサバが人気。

台地に並ぶ冷凍工場。昔は干鰯(ほしか)、今は冷凍庫。
台地の上の平な地形を利用して、加工しています。漁港では、日本一の冷凍庫数呼んでいる。
すぐ加工ができるから、全国の漁船が集まってきます。

地形を生かして、時代の先を読んで、日本一になった銚子の回でした。

私としては、和歌山からきた方が活躍されている(ヒゲタ醤油、ヤマサ醤油も和歌山の方でもとは同じ一族らしい)のが、意外でした。

ブラタモリ 銚子 案内人

◆黒潮親潮ウォッチというサイトに下の記載が。

ブラタモリは伊豆・下田編でも取材協力しています。


番組後追記

取材では、黒潮と親潮の位置の概念図として図1にあたる図を提供しました。

黒潮は銚子付近で本州を離れ、黒潮続流として太平洋を東に流れます(「黒潮の続き、黒潮続流」)。一方、親潮は北海道沿岸から東北北部沿岸を流れた後、太平洋を東に流れるようになります(詳しくは「親潮はどんな流路になっているの?」)。図1のように、親潮と黒潮(その続きとしての黒潮続流)の本流が直接ぶつかることはまれで、黒潮と親潮の中間では親潮から来た水と黒潮から来た水が混じりあっています。その様子は図1では点線で表現されています。この海域は混合水域と呼ばれています(「親潮と黒潮の間・混合水域」)[1]。混合水域は点線のような海流が一定して有るわけではなく、変化にとんでいます。時には親潮や黒潮からつながった海流というよりも、ちぎれた渦のようになっていることもしばしばです。その様子は毎月親潮ウォッチでお知らせしています。

番組でも紹介されていたように、混合水域は栄養が豊富な親潮の水と水温の暖かい黒潮の水が混じるためにプランクトンが発生しやすく、世界でも有数な漁場となっています[2]

なぜ黒潮は銚子付近で岸を離れ、黒潮続流として太平洋を東に進み、親潮本流と直接ぶつからないのかは、海洋学の興味深いテーマです。黒潮の動力源となっている太平洋の風の配置や、黒潮の速さ、地形などが関係していると考えらます[3]

黒潮続流の位置は、生態系・漁業にとって重要なだけでなく、気候にも大きな役割を果たしていると考えられています[4]。そのために、黒潮続流の位置の予測はアプリケーションラボの重要な研究テーマの一つになっています(「黒潮はどれくらい先まで予測できるのでしょう?」)。