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ブラタモリは伊賀忍者!万川週海(まんせんしゅうかい)の秘密!見逃した方はこちら!2020.2.29放送

ブラタモリ(伊賀忍者)伊賀上野城からスタート!

伊賀上野城からスタート!
タモリさんも、林田さんんもかわいいマフラーでほっこりスタート。

「伊賀といえば忍者でしょう」

「日本一二の高さで有名な高石垣」の看板。
「高い!もう二度と見たくない」

忍者が登場!
お題を渡してくれます。
「その方の名は?・・答えんな」
「くのいち」のようです。




ブラタモリ(伊賀忍者)忍者屋敷でショーを体験!

近くの忍者屋敷で忍者ショーを見るところから。

武士との戦いに勝ち、煙と共にきえる忍者。
「お見事!」

伊賀が忍者を有名にした。
駅の愛称も忍者市駅。
街のいたるところに忍者らしさがあふれ、観光客を楽しませています。

ブラタモリ(伊賀忍者)忍者のルーツは農民同士のいがみあい!?

忍者のルーツを探りに川東(かわひがし)という農村地帯へ。
案内人は、教育委員会の文化財担当の笠井さん。

「普通の里ですね。」
「古そうな家と、土塁がありますね」
高い土塁に囲まれた家。
これこそが忍者のはじめ?

「どんな人が土塁をつくったんでしょう?」
武装した農民が、村を守るために作ったんです。
「ご近所どうしでもきびしくいがみあっていた」
「あぶないところですね」

なぞの道具。
縄と、かまの道具。
「かぎ縄」といって、土塁にかけて登って、情報収集していた。
「油断もすきもないですね」とタモリさん。

どうして農民たちは争っていたんでしょう。
伊賀全体が複雑な地形。
非常に谷がいりくんでいる。

村全体で土塁が650もある。
この地区は、川の氾濫のため、生活できる場所はわずか。
谷の中のわずかな高台を奪い合うことになったのです。

教育委員会の案内人さんは、「ドロン」します、とおわかれ。

ブラタモリ(伊賀忍者)伊賀の複雑な地形は琵琶湖がうんだ!?

伊賀の複雑な地形はどうしてできたのでしょう。
今度は、琵琶湖博物館の川口さんが案内。

川のそばに移動。
林田さんが、きれいな石を発見。
きめが細かく、すぐ割れる、貝の化石。

このあたりには、こんな貝の化石がたくさん。
イガタニシという貝の化石。
貝殻もみえます。
「この辺は・・浅い湖か!琵琶湖はこのあたりにあったんだ」とタモリさん。

三百数十年前まで、伊賀は湖だった。
「湖の底の泥の層は、もろい地層なので、どんどんけずられていってしまうんです」
その結果、非常に複雑な谷ができたんです。

湖に泥が流れ込みました。
しかし断層ができたため、低いところに水が流れ、湖が移動。
また新しい断層ができて移動、とうとう伊賀から現在の位置まで、琵琶湖は移動したんです。
「忍者は断層がつくったんだ」

このあたり、断層だらけ。


ブラタモリ(伊賀忍者)山伏から学んだ特殊能力とは?

この複雑な地形が、忍者を生み出すことになったのだが、武装した農民はどうやって忍者になったのでしょうか?

今度は、名張市に移動。
日朝山 弥勒寺にいきます。
ひげをはやして、高下駄をはいています。

お寺で役行者像(えんのぎょうじゃ)をみます。
このあたりには、役行者像(えんのぎょうじゃ)が多い。
伊賀全体に修験道が盛んで、山伏から、伊賀の人はいろいろ教わりました。
地理の徹底把握から、火を自在に扱う術まで。


ブラタモリ(伊賀忍者)全国に名をはせた織田との戦いの痕跡を探る

しかし、伊賀忍者ははじめローカルでした。
天正伊賀の乱で伊賀忍者は、織田信長を苦しめ、全国に名がとどろきました。

それはなぜ?柏原に移動。

伊賀中世城館調査会の方が案内します。
急な山道を登って、本丸にきました。
このあたりに、織田軍の筒井順慶が本陣をつくりました。
伊賀軍は、うっそうとした森に陣取る。
30倍の織田軍に対して、20日間も抗戦した伊賀軍。

「湿地帯?」
柏原周辺は泥田が取り巻いていたので、織田軍を泥田に誘導して、動けなくしたらしい。
地形や地質を巧みに使い、ゲリラ戦を展開。

柏原城の森はけわしい山道。本丸は平。
周りには土塁が。
土塁には、ところどころへこんでいる個所があります。
これは空堀、そこにくぼみを作っておくと、敵がのぼってくる。
そこへ石を落とし敵を落とす。

名声が鳴り響き、うちの藩にもきてくれと声がかかる。
「家康ですか?」
「半蔵門も服部半蔵にゆかりがあるんだよね。ちょうど最近四谷の西念寺の服部半蔵の墓にお参りしたばかり」

家康に大切にされた伊賀忍者。

ブラタモリ(伊賀忍者)伊賀忍者が生き残りのために打った最後の一手とは?

また伊賀上野城近くに戻ってきました。
看板猫くーちゃんが店番するたばこ屋さん。

地名は、忍町。(しのぶまち)
大和街道や伊賀街道がある交通の要所。
藤堂高虎は城下町に忍者を住まわせ、守りを固めたのです。

しかし、予想もしないことが起こりました。
古い地図には、「御馬」とかかれている。
馬場のあとらしい。

本当は掘を作りたかったが、大阪夏の陣で太平の世が訪れ、忍者は必要とされなくなっていきました。

「サラリーマン忍者かしていった」
忍者は考えた。
忍者が消えゆかないように打った手が、今のNINJYAブームに結びついています。
「見当もつかない」


ブラタモリ(伊賀忍者)水蜘蛛は本当に水面を渡れる?忍術書に隠された秘密をひもとく

忍者たちは、万川週海(まんせんしゅうかい)という忍術書を作ったのです。
自分たちの活動をPR。

水蜘蛛の絵があります。
作り方も書いてあります。
使い方は書いておらず、口伝と書いてある。
大切なことは書き残さず、口で伝えたのです。
更に読み進めると、シュノーケリングのFINのようなものが。

水蜘蛛は浮き輪のようにお腹につけて、FINをつけて水の中で活動するらしい。
全部はかかず、伝説的になり、謎めいた存在になった忍者。

後世の人は、想像をふくらませ、忍者へのあこがれが。
「想像の余地を残したから子どもたちも、外国人も一生懸命になる。」

今日のタモリさんのまとめ
「忍者のことがわかりましたね。
断層によって琵琶湖が移動。泥岩の層がけずれて、川と谷ができて、いさかいに発展。
諜報活動によって忍者が生まれたんですね。」

ブラタモリ(伊賀忍者)番組のサイトから

ブラタモリ「伊賀忍者~なぜ伊賀は“NINJA”の里になったのか?~」

世界でも大人気の“NINJA”。伊賀忍者が誕生した秘密とは!?タモリさんがブラブラ歩いて解き明かす▽忍者のルーツにまさかの琵琶湖がうんだ地層が関係していた!?

「ブラタモリ#158」で訪れたのは三重県の伊賀市。伊賀といえば「忍者」の里。そのルーツを探る▽伊賀上野城に忍者現る!忍者屋敷でショーを体験▽忍者のルーツは農民同士のいがみあい!?▽伊賀の複雑な地形は琵琶湖がうんだ!?▽山伏から学んだ特殊能力とは?▽全国に名をはせた織田との戦いの痕跡を探る▽伊賀忍者が生き残りのために打った最後の一手とは?▽水蜘蛛は本当に水面を渡れる?忍術書に隠された秘密をひもとく

【出演】タモリ,林田理沙,【語り】草彅剛



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