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ブラタモリは豊岡・城崎と玄武岩!見逃した方はこちら!2020.12.12放送

ブラタモリは城崎・豊岡。

案内人さんは、温泉ではなく玄武岩を取り上げるといいます。
今日のお題は「豊岡・城崎 影の主役は玄武岩」
駅前には玄武岩が。みつけたの
「これなの?」と不思議そうなタモリさん。

温泉街を歩く一行。
「寂れたところが一つもない」
「今も生きている温泉です」

浴衣姿の女性たち。
「朝早くから」

「玄武岩ですか?」
タモリさんが見つけたのは、数百メートルにわたって川の護岸に使われている玄武岩。
みなさん浴衣姿で記念撮影をする美しい眺めです。

大正時代の北但馬地震で一度破壊された城崎。
地震に強い町を作るために、玄武岩で川を補強。
「土やコンクリートで補強していたら今の姿はなかったです」
「大正時代でしょ。偉かったですね」

「これだけの玄武岩は何処から来たのでしょう」
「玄武洞でしょう?行ったことがある」
「こりゃまいったな」と驚く案内人さん。
「石好きじゃなくても驚くよ」

玄武岩のマスコットは渋キャラ。
「子どもが泣いちゃうんですよ」

玄武洞は驚きの眺め。
「妖怪みたいですね」と浅野アナ。
天然の状態でブロック状に割れています。
護岸は、いい具合に割れた石をそのまま使っていたのです。

溶岩が冷えて収縮し、縦の柱状になってい柱状節りる景観は、知床や東尋坊でも見られます。
ここの溶岩はなぜ横向きに割れているんでしょう?

谷にたまった溶岩は各方向から冷やされたため、いろいろな方向を向いています。
さらに分厚い溶岩が冷やされたため、柱に垂直な方向にも割れ目ができたのです。

玄武の由来は、中国の亀と蛇の絵。
甲羅と蛇の模様。
「似てなくはないね」

「玄武岩初心者には最高デス!テンションあがる」と浅野アナ。

実は、マスコットの玄さんとタモリさんは、出会ったことがある。
「地球の芸術品 玄さん」とタモリさんがお昼の番組でキャッチコピーをつけたのです。
「忘れてました」

玄武岩は、磁石の研究にも役に立ったことがあります。
地磁気は、地球の歴史の中で何回が逆転を繰り返しています。
日本人の松山基範先生がその現象を発見しました。

玄武洞の玄武岩を調べると、岩ができた当時の地磁気の向きがわかる。
これを調べて「地磁気の逆転」を発見した。

「この発見が、あの理論にもつながる」
「プレートテクトニクスでしょう?」
海底の地磁気が逆転を繰り返していることは謎でした。
プレートが上がってくる「プレートテクトニクス」が起こると考えることで、海底の地磁気の逆転を証明できる。

この発見は、プレートテクトニクスの発見にも役だった。

再び町の中へ。
薬屋さんの裏手で玄武岩を見せてもらいます。
「漬物石だ!切り口が平で使いやすいね」
「大きさも丁度よくて」

「野菜が取れる時期は、毎年使ってます。何十年も」
「だんだん家族も少なくなったので、大きい石がほかしたいです」

玄武岩が漬物石に向いているわけ。
玄武岩は比重が高いのです。
二人は持ち上げてみます。

玄武岩ストリートをお散歩。
「水路のごみどめに使われています」
「重いのでいいんです」

石垣は多いが玄武岩ではない。

やっと、玄武岩ストリートに到着。
ほとんどの家の石垣に玄武岩が使われています。
玄武岩と凝灰かくれき岩を重ねた石垣も発見。
「凝灰かくれき岩の方が水はけがいいので、重ねている」

「玄武岩がこういう風に使われてるのは見たことがない。きれいだよね」
なぜ積んだかというと、洪水対策です。
豊岡は昔から水害に悩まされてきました。
硬くて重い玄武岩で石垣をつみあげることで、洪水に耐えられる家を作っていたのです。

豊岡名物のコウノトリも、玄武岩と関係があります。
コウノトリを見に行きます。
双眼鏡で観察する二人。

江戸時代以前は日本各地にいましたが、50年前に一度絶滅。最後まで生息していたのが豊岡。研究施設がおかれたことで、豊岡はコウノトリの郷になりました。

コウノトリの郷公園へ。
園長の江崎保おさんのおはなし。

コウノトリの好物の魚は、田んぼから川にはいってきます。
なぜ最後まで豊岡でコウノトリが残ったんでしょう。
低い山があって、松があって、そこから田んぼが見渡せる環境がコウノトリにはいい。

しかも、谷が多くて、縄張りをつくるコウノトリには住みやすい。
「コウノトリははっきり言って獰猛なんです」
お互いの巣がみえないので、谷が多い豊岡は住みやすかった。

この谷の多い地形を作るのに、玄武岩が役に立っていました。
町を見下ろす絶景な場所に立ちます。
「下流の方がせばまっていますね」
平野も上流に広がっている珍しい地形。

「この辺は硬いから浸食されにくい?」
「地形がぎゅっと細くなっているのは玄武洞が」

そのため、上流が浸食され、上流に平野ができた。
下流はせまい。
さらに海がこの土地には入り込んで、川の上流に、田んぼができるような、平らな土地が広がった。
これが、コウノトリが多かった理由です。

「玄武岩とはいってもどうかと思ったけれど、この場所に来てわかったよ」と納得のタモリさんでした。

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