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ブラタモリは湯布院!見逃した方はこちら!2021.2.6放送

ブラタモリ日田についても、リアルタイムで記事をかいていきます!

ブラタモリ(湯布院)湯布院駅 ゆふいんの森号

今日は湯布院から。

駅のホームでタモリさん。
「ゆふいんの森」という緑の列車がとまっています。
福岡出身のタモリさんは、由布院に何回か来たことがあるそうです。

駅を降りると由布岳。
今日はすばらしい眺めで山が良く見えます。

駅前の街なみは結構変わってしまったようで、タモリさんは「あれ?こんなだっけ」

由布院は今は人気第一位の温泉ですが、江戸時代はランキングにも載っていません。

「遅咲きの由布院 ナンバーワンへの道のりとは」
今日のお題です。案内人は、別府温泉地球博物館の竹村さんです。

駅前には「手湯」が。
「30分くらいこうしていたい」と満足そうなタモリさんと浅野アナ。

由布院が人気の温泉地と飛躍した原因をタモリさんが解き明かします。



ブラタモリ(湯布院)豊富な湯量は断層のおかげ!?

まずは、盆地の東側にある高台に来ました。
「こんなところあるんだ。由布院一望だ」
「日本の農村の原風景が残っていますね」

湯布院では湧く湯の量が日本2位。
どうしてこんなに温泉が湧くのでしょう。

熱源は由布岳と、鶴見岳の二つの火山。
水源もたっぷり。
盆地なので、山に降った地下水がしみこみます。

もう一つ温泉に必要なのは断層。
温泉は断層の切れ間から湧いてくるのです。
今、一行が建っているのが由布院断層。
12キロの長さに渡って断層が走っています。

こんなに恵まれた温泉が、どうして有名でなかったのでしょうか?
由布院はもともと湿地だらけで、利用されていない土地が多かったのです。

ブラタモリ(湯布院)並柳(なみやなぎ)永山布政所道(なはやまふせいしょみち)が通り、山体崩壊でできた

江戸時代になって由布院は少しだけ有名になってきました。
それを探して、「並柳(なみやなぎ)」という集落にでかけていきます。

別府大学の飯沼賢治さんが案内します。
一行は三叉路へ。
「この道は街道だったんです」
日田と大分をつなぐ街道だったそうです。

日田は代官所があった。
大分にも代官所が。

この道は、永山布政所道(なはやまふせいしょみち)という、政治に大切な道でした。
三叉路のもう一方は、海運で栄えた別府へつながっていました。

ここは、交通の要衝だったのです。
「ただの田舎の道じゃないんだ!」

人の土地?のようなところに入り込んでいくと、きれいな石垣が。
亀甲積みという積み方の石垣で、天領の大庄屋さんの屋敷や、菩提寺もあったそうです。
「この石垣は重要な感じがする」
天領になるほど重要な土地だったのです。
どうして、盆地のはしっこの並柳が重要なのでしょう?

かなり大きな石で作った石垣があります。
削れていない石は、山にあったもの。
「こんな石が山からここに来ると言うのは、かなりなことが起こっているのです」
「土石流?・・山体崩壊?」
タモリさんからこの言葉がでたことに、先生はびっくり。

山体崩壊により、この並柳に小高い丘ができ、湿地にできた小高い丘には集落ができ、街道も通るようになりました。
江戸時代にがんばった場所は、並柳でした。

ブラタモリ(湯布院)日出生台(ひじうだい)が旧陸軍の演習場に選ばれた理由は地層にあり!?

次に、明治時代にがんばった場所へ案内してもらいました。
なだらかな凹凸のある草原にでました。
「こんな場所みたことがない」と浅野アナ。
「これは九州っぽい景色だ」とタモリさん。

明治時代になって、代官所もなくなったのですが、今度は、陸軍の演習場ができました。
今では、自衛隊の日出生台の演習場になっているところに特別に少しだけはいります。
「どんどんいってますけれど、演習中なんですか?弾とんでこない?」と自衛隊の女性の隊員に質問。
二人は重たいヘルメットをかぶります。

歩いてみると、結構アップダウンがある。
そして寒い。
「これはどういう場所を想像されますか?」
「満州?」
広大で起伏の富んだ地形が中国大陸と似ていたため、明治政府はここを演習場に選びました。

赤い地層がむきだしになっている場所に出ました。
「これは軽石?」
「日差しがあるとキラキラ光るんですね」
「ガラス質の中に軽石がはいっている」
「大量に流れてきたんですね」
「この地層は、大量の火山灰」
ここは、ASo4 の火砕流。9万年前の阿蘇の大噴火の灰が積もった場所です。

しかし、この演習場ができたために、永山布政所道は一般の人が通れなくなってしまいました。
その代わりの道ができたのです。



ブラタモリ(湯布院)県道11号 旧日野医院

その道を見に来ました。
「また普通の田舎道だね」
小さい道ですが、県道11号。
「この道は、明治になって各地の整備された馬車道です」
「どことどこをつないでいるでしょうか?」

大分から日田を経由して、久留米までつながる馬車道が、明治になってできました。
「明治になって、交通の要衝ですから、店もできたでしょうね」

そのころの痕跡の建物を見に来ました。
瀟洒な洋館です。
「こんな田舎に!口がすべった」
この建物は、重要文化財、病院です。
洋風建築だけれど、屋根は和風で、鏝絵もある。
「県内最後の重要文化財 旧日野医院。現在でいうと二億円の建設費で作られた病院。これを作っても採算が取れるほど、このあたりは、栄えたのです。

ブラタモリ(湯布院)衛藤一六が通した九大線 一六曲がり

しかし、この馬車道も、由布院の随分はしっこを通ります。
これでは、由布院は栄えそうもない。

線路が見えてきました。九大線です。
同じ久留米にいくはずの、馬車道はまっすぐ、鉄道の線は右に曲がっています。
鉄道は、盆地の中をUの字型に走っています。
最初鉄道は、となりの湯平までしかきていませんでした。
湯平は一足先に温泉として栄えていました。

しかし、由布院は田舎のまま。

由布院は、鉄道を誘致しようとがんばりました。
地元の有力者 衛藤一六を中心に強く働きかけて、盆地の中に鉄道をUの字型に通しました。
この曲がりは「一六曲がり」と呼ばれています。


大正に北由布駅が開業。九大線も開通しました。

平成になってゆふいんの森がデビューし。さらに人気に。
鉄道がひかれて100年。
鉄道は遅咲きの由布院のシンボルなのです。

「相当遅咲き、道に翻弄されたんだね。
何度も来て好きなところだけれど、こんなに下積みの時代が長いとは知らなかった。また来たい」
「また来ましょう!」



ブラタモリ湯布院(番組のサイト)

由布院があこがれの温泉地になったのは実は最近のこと!?長い下積みを経て人気温泉地となる道のりをタモリさんがブラブラ歩いて解き明かす!▽お湯の湧出量全国2位の秘密 「ブラタモリ#175」で訪れたのは大分県の由布市。「行ってみたい憧れの温泉地」ナンバー1として人気の湯布院だが、江戸時代の温泉番付に由布院は載っていない。旅のお題「“遅咲きの由布院”人気温泉地への道のりとは!?」を探る▽スタートは「ゆふいんの森」号の前から▽豊富な湯量は断層のおかげ!?▽繁栄の痕跡・巨石はどこから来た?▽日出生台が旧陸軍の演習場に選ばれた理由は地層にあり!?▽運命の分かれ道は鉄道!

じゅん散歩も湯布院に行っていましたよ。


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コメント

  1. […] じゅん散歩の少しあとで、ブラタモリも湯布院へ。 その時の記事はこちらです。 お散歩テレビブラタモリは湯布院!見逃した方はこちら!2021.2.6放送https://… […]

  2. […] ブラタモ湯布院についても記事を書いています。 こちらです。 お散歩テレビブラタモリは湯布院!見逃した方はこちら!2021.2.6放送https://… […]