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田端の散歩スポットは?渋すぎ南口が「天気の子」のロケ地に!文士村!鉄道ファンの聖地

山の手線の中でも、地味な存在の田端駅。
大正時代は文士村と呼ばれ、時代の最先端だった田端。
武蔵野台地のヘリにある田端は、お散歩ファンの大好物「高低差」スポットです。
そして、2019年には、新海誠監督「天気の子」の聖地に!
車両基地なども広がり、「鉄道ファンの聖地」でもあります。

そんな田端のお散歩スポットを紹介します!

・田端駅南口が渋すぎる!でも「天気の子」で突然聖地に!
・田端は時代の最先端だった?田端文士村・芥川龍之介の痕跡を辿ってみる
・田端にはすごい応援団がいる!
・田端は鉄道ファンの聖地!車両基地で電車を楽しむ!
・田端銀座 駒込寄りのわけは?

田端は山手線でいちばん地味な駅?お散歩にはいいんじゃない?

山手線、京浜東北線が通る、都心へのアクセス抜群の田端駅ですが、1日の平均乗車数では山手線内で下から3番目
鶯谷や新大久保と並んで利用の少ない駅です。
(JR東日本 各駅の乗車人員(2018年度)より)

山手線で最も地味な駅」と呼ばれているみたい。

そんな田端駅ですが、お散歩するには、とてもいいんじゃないでしょうか?
田端駅のお散歩スポットを見ていきましょう!


田端駅南口が渋すぎる!でも「天気の子」で突然聖地に!

田端駅南口の写真を見ると「これが山手線の駅?」

駅の幅は、自動販売機の5倍くらいしかないんです!
赤い屋根の駅舎は、昭和3年の建築。
駅前にも自動車がUターンするスペースはなく、お店もありません。

これは田端駅が、武蔵野台地の端っこにあることと関係があります。
南口は台地の中腹に作られていて、台地の上にある街中に行くには、不動坂という細い階段を上っていくことになります。

駅のホームは、南口よりさらに下にあります。
特殊な地形に建てられているので、車も入れず、山手線の駅といえども、にぎやかにはならなかったようです。

ところがところが!
田端駅南口は、2019年夏公開の新海監督の映画「天気の子」の重要シーンの舞台に
どうして、田端が舞台になったのか?

諸説あるみたいですが、
一つ目は、この場所が、武蔵野台地の端っこにあって、電車の線路と下町を見下ろせる場所だということ
これが、雨や水が出てくる「天気の子」のストーリーと大事な関係があるようです。

二つ目は、南口が車が入らないような、人通りの少ない場所だということ。
新海作品は、人気ゆえに、登場した場所が「聖地」となって、ファンが押し寄せてしまいます。
この南口なら、ファンが殺到しても、迷惑するお店がないですものね。

◆聖地巡礼に行った方のツイート!


◆「田端の地理を知るともっと天気の子を深く理解できる」というツイート!
坂道や高低差が大好物の高低差ファンにも、役立ちそうです。




田端は時代の最先端だった?田端文士村記念館

明治期に上野に東京美術学校東京藝術大学の前身)が開校すると、上野からのアクセスがよかった田端には多くの芸術家が移り住んできました。

明治33年に小杉放庵、36年に板谷波山、その後は、吉田三郎(彫刻家)香取秀真(鋳金家)山本鼎(洋画家)らが次々と田端に住むようになり、親睦団体「ポプラ倶楽部」も生まれ、明治末期には芸術家による「芸術村」のようになりました。

大正3年に芥川龍之介、5年に室生犀星が田端に住み始め、萩原朔太郎堀辰雄菊池寛中野重治らも田端に移り住みました。

田端文士村の跡をたどるなら、まずは、田端文士村記念館に行きましょう!

2019年9月17日放送のじゅん散歩で、高田純次さんがこの記念館を訪問していました。
(放送のくわしいレポートはこちら)

番組では、学芸員の方が、「1キロ四方に100人以上の文士が住んでいた」と説明していました。

館内には、芸術家の作品や、手書き原稿などが展示されています。
芥川龍之介邸の模型もあります。リアルな模型は、学芸員が文献をもとに作り上げたもので、室内の様子も再現されています。

この記念館では、第三日曜日の午後に、田端ひととき散歩と題して研究員の講義と、文士ゆかりの地の散歩からなる講座をしています。
月によって募集方法などが違うので、記念館への要確認ですが、せっかく行くのなら、これ、参加してみたいですね。

◆田端文士村記念館さんのツイート!芥川邸の模型が映ってます

◆田端文士村記念館さんのツイートもう一つ!記念館の人も「天気の子」を見てる!

田端文士村記念館
北区田端6-1-2
03-5685-5171
・入館無料

文士村で、予備知識を得たら、文士村を見に行きましょう。


芥川龍之介の痕跡をたどってみる

芥川龍之介が、大正2年から自殺する昭和2年まで14年間住んだ家は、不動坂の上。
田端駅の南口から、上がったところですね。
不動坂を上ったあと、反対に狭い下り坂(与楽寺坂)を降り、与楽寺坂の途中を右に曲がったところが、自宅でした。

芥川龍之介も、田端の急坂に苦労したようで、友人の恒藤恭への手紙に書いています。

<田端駅南口と不動坂>
「学校へは少し近くなった その上前より余程閑静だ 唯高い所なので風あてが少しひどい 其代り夕がたは二階へ上ると霧の中に駒込台の燈火が一つづつともるのが見える ・・・ ただ厄介なのは田端の停車場へゆくのに可成急な坂がある事だ それが柳町の坂位長くつて路幅があの半分位しかない だから雨のふるときは足駄で下りるのは大分難渋だ そこで雨のふるときには一寸学校がやすみたくなる やすむとノートがたまる此頃はそれに少しよわってゐる

芥川は、この家で、「羅生門」などの名作を書き、亡くなるまで過ごしたそう。
文士たちのサロン的な場所でもあったそうです。

文士さんの住居あとは、書ききれないほどあるので、好きな方の住んだあとをたどってみましょう。

田端にはすごい応援団がいる!

田端のことを調べていると、いつもこの方の名前がでてきます。櫻井寛己さん。
雑誌ソトコト2019年7月号から、櫻井さんの活動を見てみると・・

・生まれも育ちも田端

・2016年1月に田端のLINEスタンプ「山手線で一番無名な駅田端」をリリースして話題になりました。

・「TABATIME」という田端のニュースだけを取り上げるウェブマガジンも立ち上げました。


・2018年11月からは、
タバタバー」という立ち飲みバーのマスターとして、実際の店でつながりを作っていこうとしています。
ここに行って田端について語ってもらうのも、いいんじゃないでしょうか?

・クラウドファウンディングによる田端本の出版の計画も進んでいるようです。

◆「TABATIME」のツイート!「田端の坂ランキング」もお散歩必携かも。芥川龍之介の旧居近くの坂が第一位!


田端は鉄道ファンの聖地!車両基地で電車を楽しむ!

田端は鉄道ファンの聖地でもあります。
駅の北側には、JR東日本東京支社ビルと新幹線の車両センター(車庫)などがあります。


車両センターを見下ろす「ホテルメッツ」では、トレインビューを堪能できる客室や、電車グッズ付きプラン」があります。

ふれあい橋には、東北新幹線200系の車輪連結器カバーと、東北線(宇都宮線・高崎線)で使用されていたレールが置いてあったりと、鉄道関係の展示スペースでもあるのです!

田端銀座 駒込寄りの訳は?

専門性の高い店が多く、人気の商店街 田端銀座。
じゅん散歩でも パン屋さんが紹介されてました。

しかし、田端駅からは随分遠いのですね。
駒込よりだけなんだけどなんででしょう?

Daiky Protal Z(2013.8.29)に、これについて書いてあります。
街の専門家 中川寛子さん(街の解説者)の意見として、

①古い駅なので、蒸気機関車が嫌われ、あえて町の中心からはずれたところに駅を作った。
②大正から昭和にかけて谷田川という川だったを埋め立てて、道に変え、その上にお店が並んでいった。
などの説があるようです。

最後に

田端のお散歩スポット紹介、いかがでしたでしょうか?
地味と言われながらも、映画の聖地、坂道、文豪の住居跡、鉄道の聖地とmお散歩好きにはたまらない場所かと思います。

あなたも、ぜひ、田端へ!