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ブラタモリ浅間山!再放送・全ルート・ロケ地 レポート!2019.10.5放送

放送を見逃した方が気になる再放送予定。
再放送の枠は、火曜日の午後11時50分~ 午前0時35分です。

最近の回の再放送は、

ブラタモリ#140 釧路湿原(7月20日(土)放送)→9月10日(火)再放送
ブラタモリ#141 阿寒・摩周(7月27日(土)放送)→9月17日(火)再放送
#142 京都御所(9月7日(土)放送)→10月1日(火)再放送
#143 比叡山(9月21日(土)放送)→10月8日(火)再放送
#144 比叡山の修行(9月28日(土)放送)→10月15日(火)再放送
#145浅間山(10月5日(土)放送)→10月29日(火)再放送

まずは番組のサイトから!

「浅間山~江戸時代の大噴火!衝撃の1日に何があった?~」

天明の噴火・ラスト1日に起きた謎の出来事の数々をタモリさんがブラブラ歩いて解き明かす▽溶岩・巨石・落とし穴!不思議な物が続々登場▽「日本のポンペイ」鎌原を訪ねる

「ブラタモリ#145」で訪れたのは群馬県と長野県の境にそびえる浅間山。1783年、約90日間にわたった「天明の噴火」ラスト1日・8月4日夕方から24時間に起きた謎だらけの出来事に迫る▽鬼押出溶岩の絶景を作り出した不思議な大噴火!?▽森に現れた世にも奇妙な1000以上の穴の正体は?▽遊園地にある巨石群はどこから来た?▽「日本のポンペイ」鎌原の悲劇の痕跡を見る▽衝撃の噴火が最後にもたらした恵みとは!?

【出演】タモリ,林田理沙,【語り】草彅剛

ブラタモリ:オープニング!

浅間山の鬼押出からスタート!
二人ともここは初めてだそう。
「相撲の決まり手みたいな名前だね」
鬼押出溶岩の絶景に驚く二人。

今日の案内人さんは、安井真也さん。火山専攻の教授です、今日は煙っている浅間山。
「浅間山、恥ずかしがってます。
育ちざかりのやんちゃな山。この溶岩は、天明の噴火で流れてきたのです」

「全部流れてきたんですか?」
「天明の噴火は、いつかやりたいと思っていたよ」と大歓迎のタモリさん。

噴火は5月から8月まで続き、どんどん間隔も狭くなっていきました。
天明の大噴火のラスト一日は、最初に噴火(名付けてクライマックス噴火)があって、一日かけていろいろなことが起きたのです。
今日のお題は、予想どおり、「浅間山~江戸時代の大噴火!衝撃の1日に何があった?~」

1783年、約90日間にわたり、今の浅間山の姿を作った「天明の噴火」。ラスト1日・8月4日夕方から24時間に起きた謎だらけの出来事に迫ります。

江戸時代の絵図には、噴火の様子が描かれています。
絵図から見るに、赤いものがシャワーみたいに落ちてくるのは、プリニー式火山溶岩噴泉
空気に触れたマグマのしぶきがあふれだしたものなので、岩の中まで赤いのです。

噴火の初めから、いきなりクライマックスのような噴火が起こり、このあと数時間溶岩が流れました。

その一方、別の場所でも変なことが起きていました。

この日、8月5日の未明に、さらに変なことが起きました。

一行は、鬼押し出しから2キロ、変なことが起きた場所に案内されます。
林の中に、「66番」と書いた謎の小さい番号札が!その横にはぽっかり空いた穴。
「危ない、落とし穴か?」とタモリさん。
穴の中には、ヒカリゴケが光っています。
林をよく見ると、番号札だらけ、つまり、穴だらけです。
「何の為に掘ったんですか?」と林田アナ。

「いや掘ってはないよ」とタモリさん。

「穴があいてた?」

1m60cmの大きさの穴もあります。浅間山にはこういう穴が1000以上!
この穴は何なんでしょう?

「ここ森林ですよね・・・巨木のあとか!」と推理するタモリさん。
樹型というんですよ」と案内人さん。
「高温の溶岩が木の周りを覆うと、木が燃えてできるのです」

キラウェア火山では穴の内部に樹皮の模様が刻印されたのもあるが、ここの穴の中内部には樹皮の模様が見えません。穴の内部は石だらけ!

浅間山の樹型は、火砕流によってできたと考えられてます」

「火砕流は、新幹線並みの速さなのに、木がなぎ倒されなったかったのが不思議だね」とタモリさん。
「優しい火砕流だったんですね」と林田さん。
「ゆっくりめだったんです」
「それは火砕流じゃないんじゃない?」
「ここにしかない現象です」

この樹型の発生は、8月5日未明のできごと、鬼押し出し噴火と同時に起きたできごとです。



ブラタモリ:遊園地にある巨石群はどこから来た?

「このあと、夜が明けてから、もっとすごいことも起きたんです」という案内人さん。

一行は、浅間山の北8キロの地点にある遊園地に移動します。
アスレッチックコーナーに入ります。
「アスレチック、好きだったんですよ」と嬉しそうな林田アナ。

アスレチックの中には巨岩がごろごろしています。溶岩です。
一行は、巨岩の大きさを歩いて計測!右足一歩+左足一歩で1m20mありますね。奥行も数m。1000トンはある。タモリさん2万人分ですね」と案内人さん。

赤色立体図を見ての、案内人さんの説明。

「生々しいのが鬼押し出し。この辺りには巨岩が点在しています。ここは浅間山頂からの距離も離れていて、岩が転がってくるには遠いし、火山弾も飛んでこない距離。こんな遠くに巨岩がごろごろしているのは世界的にもないことですよ

さらに、一行は、浅間山中腹の見晴らし台へ。
今日は霧で真っ白ですが、はるか下に、ライトもった人が見えます。80mくらいの落差がある断崖です。
「ここは大きな窪地があったのです。」
当時の絵図にヒントがあるそう。
山頂で噴火し、山腹でも噴火している様子が、絵図に示されています。

「8月5日午前の大爆発はすごい音で、京都や九州にも音が聞えたといいます」
「えっ、聞こえますか?」不審そうなタモリさん。

この窪地は、山腹が爆発した跡だと思われます。」
「山腹が爆発するんですか?」と林田アナ。
「富士山にも山腹の爆発があった」とタモリさん。

「山腹に大きい火口ができたけれど、溶岩で隠されたみたい。どういうことだったのか、と私は何度も岩の上に来て考えるけどわからない。人間になんかわからない、と試されてる気がます」と案内人さん。

山腹の大爆発には、超巨大の岩が飛来した、沼に溶岩が落ちたなど、様々な説があるが、真相はわかっていないそうです。
「タモリさんはどう考えますか?」
「ミステリーだね」

ブラタモリ:「日本のポンペイ」鎌原の悲劇の痕跡を見る

この大爆発が起こした、衝撃的な出来事を見るために、爆発地点から9キロの嬬恋村の鎌原地区を訪ねます。 紫陽花が咲いている畑には、石が多い。石は軽石です。

鎌原観音堂に来ました。
「ここは知っている。来たいと思っていた」とタモリさん。堂の階段の下に立ちます。赤い太鼓型の橋の下に、階段がもぐっている様子。

もともと50段あった階段が埋まって、今は15段しかありません。
噴火をきっかけに、地滑りが起こり、村が埋まってしまったのです。
「こんなこといっていいのか、ポンペイみたいに、ということですか?」と林田アナ。

【ナレーション】
地滑りが起きて、鎌原を埋めてしまいました。吾妻川、利根川を氾濫させ、銚子まで到達したそうで、1500人の方が亡くなりました。

宿場町だった鎌原では、477人が亡くなり、93人が助かりました。観音堂の15段を上った人だけが助かった、生死をわけた15段と言われています。

40年前に村の発掘作業をした松下さんが説明します。

階段を掘っていると、人骨が出てきました。背負われてる人と背負った人、60代以上の女性を40代から50代の女性が背負っている人骨でした。復元した二人の顔は似ていて、親子ではないかと言われているそうです。 「背負っていなければ助かっただろうけれど、見捨てることができなかったんですね。この骨は私たちに生きるということを教えてくれる」と松下さん。

【ナレーション】
一行は、この地区で唯一埋まらなかった観音堂にお参りします。鎌原地区の方がお堂を守っています。この方たちは、生き延びた人の子孫。200年の間、毎月、先祖を弔う「まわり念仏」を続けています。

◆放送終了後のツイート!

「この日の最後に起きたできごとを紹介しましょう」と一行は、鎌原地区近くの湧水に向かいます
「きれいな水。ここは末端崖(まったんがい)だね」
「溶岩がたまたま湧水のところで止まり、噴火のその日から温泉が出るようになったんです」

【ナレーション】
噴火から20年の間お湯が出たのです。
この温泉は、ふもとまで土塁によってひかれ、鎌原の復興の一歩となりました。最後に恵みがあったのです。



ブラタモリ:エンディング

【ナレーション】
今日の流れを振り返ります。

・8月4日夜クライマックス噴火で溶岩が流れる
・未明に樹型ができる
・午前中に火山中腹の大噴火が起き、鎌原地区が埋まる
◆放送終了後のついーと!

火山は、一瞬にして驚異にも恵みにもなることを浅間山は教えてくれます。

「この辺に住んでいた人は大変だった。浅間山は、大変なやつだね。もっと単純な火山かと思っていた。見直しましたよ」と最後のタモリさんのコメントでした。



■浅間山北麓ジオパークのサイトに鎌原村の再建のことが出ていました。

災害で生き残った村人たちは、畑や家屋、そして家族までを一瞬にして失ったため、それぞれ離散する運命にあったところを、大笹村の名主黒岩長左衛門、干俣村の干川小兵衛、大戸村の加部安左衛門らが支援の手を差し伸べた。さらに、「このような大災害に遭っても生き残った93人は互いに血の繋がった一族だと思わなければいけない」と生存者たちに親族の誓いをさせて、家柄や身分の差を取り払った。後々まで語られる「浅間山噴火大和讃」での一節に「隣村有志の情にて、妻なき人の妻となり、主なき人の主となり」とあるように、家族の再編成をおこなったことは、江戸時代においても、非常事態に際してギリギリのところで発案された民衆の英知であった。

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