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ブラタモリは秋田!再放送・ロケ地・豊川の土瀝青(どれきせい)が日本の舗装の最初!緑色凝灰岩で比内地鶏は快適生活!2019.11.9放送

秋田でとれた土瀝青(ドレキセイ)で日本で初めての舗装がされたり、きりたんぽの比内地鶏の快適生活を支える?緑色凝灰岩の秘密を知ったり、なぞの知識が増えたブラタモリ#147。「秋田~掘れば出てくる“秋田の魅力”とは!?~」
とってもくわしくレポートします!

ブラタモリ 再放送予定

放送を見逃した方が気になる再放送予定。
再放送の枠は、火曜日の午後11時50分~ 午前0時35分です。

最近の回の再放送は、

ブラタモリ#140 釧路湿原(7月20日(土)放送)→9月10日(火)再放送
ブラタモリ#141 阿寒・摩周(7月27日(土)放送)→9月17日(火)再放送
#142 京都御所(9月7日(土)放送)→10月1日(火)再放送
#143 比叡山(9月21日(土)放送)→10月8日(火)再放送
#144 比叡山の修行(9月28日(土)放送)→10月15日(火)再放送
#145浅間山(10月5日(土)放送)→10月29日(火)再放送
#146草津温泉(11月2日(土)放送)→11月5日(火)再放送
#147秋田(11月9日(土)放送)→11月19日(火)再放送

まずは番組のサイトから!

「秋田~掘れば出てくる“秋田の魅力”とは!?~」

きりたんぽ・比内地鶏・石油・温泉…秋田県の魅力は「地下」にあり!?その秘密をタモリさんがブラブラ歩いて解き明かす▽「ここ掘れワンワン!」かわいい秋田犬がお出迎え

「ブラタモリ#147」は、2週にわたってたっぷり秋田県の魅力を探る第1回。今回は「掘れば出てくる“秋田の魅力”とは?」と題し、秋田の地下資源に注目して探る▽「比内地鶏」誕生の秘密▽きりたんぽ・比内地鶏・いぶりがっこ…その生産現場で活かされている“緑色凝灰岩”とは!?タモリ、採掘場を見学▽「日本のテキサス」豊川油田でとれる天然アスファルトが日本の近代化を支えた!?▽強酸性の温泉が湧き出る秘密

【出演】タモリ,林田理沙,【語り】草彅剛

ブラタモリ:大曲の十和田石と緑色凝灰岩が、比内地鶏の快適ライフやイブリガッコにも役に立ってる!

今日は秋田、大舘に来ています。
「大舘曲げわっぱというところですね。」
秋田犬登場。ブリーダーさんが連れてきました。
コンテストでも優勝の優秀な犬さんです。
今日のお題は、秋田~掘れば出てくる“秋田の魅力”とは!?~
案内人さん登場。林 信太郎さん。火山の学者さん、すきなものは、カンラン岩。

◆林先生のツイートが!!実は私ですっておもしろい!

「まずは秋田名物を見てみましょう。」
今日は、案内人さんがたくさん登場するらしいです!

次のシーンでは、皆できりたんぽ鍋を食べます。
「おいしい♪」

味の決め手は、比内地鶏。でも、ある人がいなければ、食べられなかったんです。

その方は、本郷直樹さん90歳。秋田県の職員さんだった方が登場。
もともとの比内鶏が天然記念物になって食べられなくなったので、別の品種、比内地鶏を開発しました。
実は、本郷さんは、存続のために、すこーしだけ規則の範囲で比内鶏を食べたことがあるそう。
ローランド??というにわとりさんを、比内鶏と掛け合わせて、もとの比内鶏と遜色のない比内地鶏を開発したんだそうです。

次は。比内地鶏を育てている千葉さん69歳登場。仕事のあとのビールが楽しみだそう。
とりさんを、ストレスのない環境で育てています。
鶏舎は臭くない!とりさんも、くさいとクイクイとなってしまいます。

「フンの匂いがしない工夫、探してみて下さい。」
床にはモミガラ。その中に穴がいっぱいの小さい石が混ざっています。
なんだろう?
となりのヒヨコちゃん小屋にも石が。

ちょっと緑色。緑色凝灰岩という、火山灰が熱で固まった石。
穴がたくさんあいていてアンモニアを吸着し、中に住み着いた微生物がアンモニアなどを分解してくれます。
◆林先生のツイート。緑色凝灰岩の消臭効果の論文

この緑色凝灰岩には、ミネラル分が多いので、畑の肥料にも適してます。
おとなりの畑では、名物「いぶりがっこ」も栽培中。
「鶏がいぶりがっこにつながっているとは!」

さあ、緑色凝灰岩はどこからきたのでしょう。
採掘場の石切り場に移動します。

ここは、地下にあるの十和田石の石切り場
今度は、吉原さんが石切り場を案内してくれます。
吉原さんは道具マニアなんですって!
電車のレールを鍛冶屋さんできたえたマイハンマーを使うんだそう。

大きい石から、石を切り出すところをみせてくれます。
切り出すと音が変わります。切って、動かして、大変な重労働。
タモリさんは、腕をさわらせてもらいます。
採掘場の山全体が十和田石なんだそうです。
◆砕石石についてのツイート!

なぜ十和田石がここにあるんでしょう?
少し削ると、泥岩(でいがん)もでてきます。
これがでてくるということは、海底だったということ。
十和田石の分布図を見ると、円形。
「火山?」とタモリさん。

十和田石は、一千万年前、火砕流が海底の泥をまきこんで固まった石です。
このころ、下には火山があり、円形に、分厚くこの岩がたまったと考えられます(仮説です)

◆林先生のツイート
番組の地形図


◆仮説です

一つ目の魅力は、この十和田石です。

ブラタモリ:豊川油田と、豊川の土瀝青(どれきせい)が日本の舗装の最初!

次は、豊川という、南の方に移動。
これは、油田?井戸のような?(下の写真)


案内人は、佐々木さんという元石油屋さん、豊川油田の研究をしている方です。

昔の写真をみると、油田のやぐらが林立
宮大工さんがつくったやぐらだそうで、日本版テキサスだったんです。

油田ができるには、プランクトンの死骸がつもったところに、圧力がかかることが必要。
さらに、100万年前、地殻変動で、油やガスがたまりやすい背斜構造(上に凸の形)になったんだそうです。

さらにいいものが。(下の写真)


地層を貫くような、黒い土がみえます。
とってきてもらうと、天然のアスファルト
石油が気化すると、最後に残るのがアスファルト。
断層破砕帯(断層がずれて間の土がこわれてできた)ところから染み出してきた石油が、気化して、最後に残ったのがこのアスファルトなのです。

アスファルトは、縄文時代のやじりの、黒曜石と取っ手の接合部にも使われてました。
豊川のものが流通していた可能性があります。
土偶の装飾にも。
江戸時代にも、「土瀝青 (どれきせい) 」と言われて使われていたんです。

沼のようなところは、土瀝青 (どれきせい) を採掘した跡です。
貴重な地元の写真(明治35年)に、ものすごく多くの人がここに立っている写真が!
ここで土瀝青 (どれきせい) を掘って、いったい何に使ったんでしょう?

答えは「舗装
アスファルト舗装は、豊川の土瀝青 (どれきせい) から始まったそうです。

東京の絵画館前。
今でも豊川のアスファルトが残っているそう。
京都でも小樽でも、豊川のアスファルトが活躍しました。

加賀谷さんという70代の方に話を聞きます。
油田のポンプから聞こえる音が、夜も聞こえて「ギーコの子守歌」と言われていたそうで、よそから来た人は、夜歩くのをこわがったそうです。地元の人には懐かしい音。
豊川油田の歴史を伝える会の映像と音。切ない音です。
「舗装は昭和30年くらいかと思ってました」

昭和30年代には、産出量が100分の一になってしまいました。
2つ目の魅力は、豊川油田です。
◆またまた 林先生のツイート!


◆秋田の方のツイート!えっつそうなの?


◆ここにも土瀝青ドレキセイ!

「近代化産業遺産「豊川油田」におけるジオパークの魅力」は本当に読みやすい。

アスファルトと油田の歴史がよくわかります!

・江戸時代後期、初代黒 澤利八は田畑の厄介者であった天然 アスファルト(当時は土瀝青 どれきせい 又は株 かぶ とも言われた)を利用した産業を興した.

・その初めは油煙の製造である. 土瀝青を蒸し焼きにして,煤を出し,その煤を集めて ニカワで固めて墨を作って販売した.当時としては評判も良く,江戸,京都や大阪 まで流通した.

・明治10年(1878年)東京において第一回内国勧業 博覧会が開催され,そこに三代目黒澤利八(平八)は 土瀝青と灯火油を展示した.
そして東京府の知事で もあった由利公正 きみまさ 子爵と共に土瀝青を使って,博覧 会場においてアスファルト舗装を試みたが,火災を起 こし失敗に終わった.
火災が起きるなんて、大変!

・翌年,東京神田の昌平橋にお いて日本で初めてアスファルト舗装を実施した.この 工事のために由利子爵は黒澤利八から土瀝青の原鉱 を2百俵購入したという.

・大正年間になり、アスファルト採掘にあたっていた会社が、油田を掘り当てる。そこから、油田開発が進み、アスファルト採掘は減少。
アスファルトが先で、石油はあとだったんですね!

ブラタモリ:玉川温泉

大移動して、玉川温泉へ。
タモリさんの得意な強酸性の温泉です。

こちらが、3つ目の掘って出てくるお宝。

強酸性のわけは、ここがカルデラの淵で、断層ができて、マグマの成分が直接でてくるから。

お二人は入浴。音声だけになります。

「ピリピリします」
「温泉はこうじゃないと」
「掘ればわかるというがここは掘ってないね。自噴してるから」
「はあ」
「エンディングだよね。こんなエンディングってあるの?」
「ふふふ」
◆玉川温泉 声だけってどきどきします。


◆玉川温泉ピリピリ?

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