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じゅん散歩は矢切(やきり)松戸市!2019.11.19放送

江戸川べりからスタート!

【ナレーシション】
矢切の渡しは農地を行き来きする渡しとしてはじまりました。
今でも観光船が通っています。
松戸市まで車で10分、晴れた日には富士山も見える、農地の広がる地域です。

川沿い、広々とした景色です。



野菊の墓の観光案内所

伊藤佐千夫の純愛物語 野菊の墓の舞台になったこの地域に、観光案内所があります。
ご夫婦でやっている案内所には、民子情報があふれていそう。
矢切のまつりでは、「ミズ民子」が選ばれると聞き、
高田純次さんは「ミズ民子に会いたい」とお願い。
「来るかも」とご主人が電話してくれます。

案内所のお客さんに来ていた女性グループともおはなし。
「我々の時代は、初恋かカルピスですよね」
ミズに会う前に、時間つぶしで、でかけることに。

野菊の蔵
松戸市下矢切1146-1
047-361-2288



矢切ネギの畑と安川さんちのごはん

広大なネギ畑で、若い男性がが作業中。
台風で曲がったネギのお世話をしているそう。
この男性、40代の安川さんは、ネギ農家3代目。
大学卒業後すぐに、就農したそうです。
「これからはものづくりだもんね」と高田純次さん。

矢切ネギは太いネギで、お値段も普通よりは高めの高級品。

新築のお宅に、お昼ご飯にお邪魔することに。
安川さんが、「これからご飯なので」と快く招いてくれました。

ネギをごちそうになります。
奥さんが運んできたのは、あったかいごはんに、刻んだネギと醤油とカツオ節。
「これはうまいね。驚いたな」
「どこのネギもこんなにうまいの?」
「矢切地区はうまいですよ。特にうちはうまいけど」

安川農園
松戸市下矢切504
090-8841-6674
・7キロ(20~25本) 3,000円

◆ネギサミットについてのツイートが!全国のネギが松戸に集合するみたい


民子さんの碑や、素敵な橋を歩いていると、ミズ民子と連絡がとれたと報告が!



じゅん散歩:矢切神社!民子と待ち合わせ

矢切神社で、民子の衣装で待っていてくれたミズ民子さん。
15年も空手をしているという、きりっとした女性。黒帯だそう!
お名前は、みちるさん。

カメラに向かって空手の技をお願い。
シュッシュとしていると、カメラマンに直撃。
「あ、あたっちゃった」
と謝る。

みちるさんは、スポーツのレポーター希望なんですって。
「スポーツなんてむずかしいよ。散歩はどう?」とお散歩レポーターを勧める高田純次さんでした。
◆みちるさんのツイート!

矢切神社
松戸市下矢切332
047-364-0858



散歩情報:矢切の渡し

松戸市のサイトがとても充実しています。
矢切の渡しの松戸側には、看板にこんなことが書かれています。

〈参考〉「矢切の渡し」を紹介する看板の文面について

松戸側

矢切の渡しは 松戸市下矢切と東京都柴又を往復する渡しで、その始まりは380余年前、江戸時代初期にさかのぼります。 当時、 江戸への出入は 非常に強い規則のもとにおかれており、 関所やぶりは 「はりつけ」になろうという世の中でしたが、 江戸川の両岸に田畑をもつ農民は、 その耕作のため関所の渡しを通らず農民特権として自由に渡船で行きかうことができました。これが矢切の渡しの始まりで、いわゆる農民渡船といわれるものです。

明治以降は、 地元民の足として、また自然を愛する人々の散歩コースとして利用され 現在では 唯一の渡しとなっています。 この矢切の渡しの庶民性と矢切の里の素朴な風景は、 千葉県の生んだ歌人でもあり、小説家でもある伊藤左千夫の小説“野菊の墓”の淡い恋物語の背景となっており、その小説の中で美しく描かれております。

さらに、1982年(昭和57年)に細川たかし氏が歌った、歌謡曲『矢切の渡し』が大ヒットしたことや、フーテンの寅さんが柴又を舞台に各地を訪れる映画『男はつらいよ』が上映されたことで、「矢切の渡し」が全国的有名となり、再び脚光を浴び、年間20万人以上の観光客が乗船する時期もありました。 

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