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ブラタモリはサロマ湖!見逃した方はこちら!2020.11.7放送

日本で3番目に大きい湖・サロマ湖でホタテの生産が盛んな理由をタモリさんがブラブラ歩いて解き明かす▽日本最長級!約25kmの砂州はどうできた?タモリ念願の砂州上陸 「ブラタモリ#168」で訪れたのは北海道の東部にあるサロマ湖。全国の8割のホタテを生産する北海道で旅のお題「“サロマ湖といえばホタテ”なのはなぜ?」を探る▽サロマ湖は巨大な“生けす”?ホタテ養殖に最適な塩分が保たれる秘密とは▽ソーシャルディタンス時代を先取り!?ホタテの生態を探る▽ホタテ生産のカギをにぎる砂州の「切れ目」はどうできた?タモリさんが講談調で解説!?▽流氷からホタテを守る技術とは?

サロマ湖ははじめてというお二人。
展望台から見下ろすと、サロマ湖大きい。
日本で3番目の湖、タモリさん、サロマ湖の歌を歌います。

今日の案内人は、松田さん。
砂州が見えています。

今日のお題は、「サロマ湖といえばホタテ、なのはなぜ?」

サロマ湖はホタテの8割を生産。
サロマ湖の半分くらいが、ホタテの養殖に使われているそう。
何と八億のホタテがここにいます。

「サロマ湖の奇跡的な地形がホタテを生んだんです」

美しい青色はサロマンブルーと言われ、夕日の名所でもあるサロマ湖。なぜホタテなんでしょう?

ブラタモリ(サロマ湖)サロマ湖は巨大な“生けす”?ホタテ養殖に最適な塩分が保たれる秘密とは

船に乗って、養殖の様子を見に行きます。
湖の上にはブイがたくさん。
そして、高速で走る船がたくさん。
「鮮度が命だから速い!」

「ホタテはきゅうりと炒めるのがおいしい」とタモリさん。
「干したのは日本酒にあう」と浅野アナ。
「飲兵衛だねー」

ホタテはよく動きます。
ホタテは数少ない、泳ぐ貝。
泳ぐのは、ヒトデから逃げるためと、密をさけるため。

「どうしてホタテが湖にいるんでしょう」
「湖ったって、汽水でしょ?」
「潮っぽいにおいがします」と鼻がいい浅野アナ。
塩分濃度もオホーツク海と同じ高さ。

砂州の切れ目で、海とつながっていることがその理由のひとつ。
また、直接流れ込む川がないので、塩分がうすまらない。
砂州が防波堤になるおかげで、波が静かで、養殖には最適。

サロマ湖はいわば巨大ないけすです。

ブラタモリ(サロマ湖)ホタテは海で育つ!

ホタテはサロマ湖で一年間育てたあとは、別の場所にいくそうです。
タモリさんは、オホーツク海では珍しい海水浴場に移動。
遠くに船が見えます。
ホタテはあの船でオホーツク海に放流されます。

今度は随分大きなホタテを見せられます。
ホタテの貝殻には年輪があって、ここから年がわかります。
湖で1年、海で3年育てたホタテを収穫しているのです。

サロマ湖の前の海はホタテの畑なのです。
どうしてなのでしょうか?

この海岸で砂を見ると、粗い砂や、礫が多いのです。
もし砂が細かいと、ホタテの口に砂がはいってしまう。
大きい石だとホタテがもぐれない。
このホタテの畑は、ちょうどホタテが育つのに丁度いいのです。

ブラタモリ(サロマ湖)本最長級!約25kmの砂州はどうできた?タモリ念願の砂州上陸

ホタテの畑とサロマ湖をへだてる、長い砂州を歩きに行きます。
「ここを歩くのは念願」と喜ぶタモリさん。
砂州の幅は意外と広く、一番広いところで、1.5キロもあります。

ハマナスが咲いています。
砂州は街道にもなっていたそう。
「散歩にぴったり」とうれしそうなタモリさん。

突然森が!
地層の境目があります。
これがサロマ湖の砂州の成り立ちと関係あります。
上の地層が細かく、下はザラザラ。
上は火山灰や 、下は古い時代の砂の層です。下の層は、12~13万年まえの地層。

5500年前の縄文海進の時代。砂州は小さくなっていきました。
その後も、川や沿岸流によって、残った砂州が削られながら砂州はまた伸びていきました。
「身を削ったんだね」
長い年月をかけて、日本一の砂州ができました。

ブラタモリ(サロマ湖)ホタテ生産のカギをにぎる砂州の「切れ目」はどうできた?タモリさんが講談調で解説!?

海水を取り入れるためには、湖の切れ目も必要でした。
今サロマ湖にある二つの切れ目のうち、一つに向かいます。

ここは砂州が低くなっています。
実は明治時代の地図では、砂州の切れ目の場所は今と違いました。

大正年間、サロマ湖の東側は切れ目があり、海に出やすく近くにぎわっていました。
しかし、西側の漁師は不便。船をかついで、砂州を乗り越えて、漁をしていました。
「仲間集めて、切っちゃおうぜ、と西の漁師はいいますよね」
西側では、住民が無許可で切れ目を掘った。
東側では、秋から冬に切れ目が閉じ、春になると水害のもとになっていました。

「勝手に閉じる湖なんてサスペンスですよね」
西側でも洪水が起こり、切れ目を掘るのは村営事業に。
切れ目を作ったが、水が通らない!
「嵐のあと、あそこはどうなったかと覗いてみると、ここは開通しておりました」と語るタモリさん。
「まさしく・・春の嵐で、西側の住民がとったところに切れ目ができた」この切れ目は貴重な航路になりました。

ところが、海の水がはいりすぎ、もともと育てていたカキが激減したのです。

そこへ、北海道の木下技師がやってきて、カキの貝殻についていたホタテを発見。ホタテでいくことになったのです。

「こういう歴史があったのですね」
そこからは、漁師たちが団結してホタテの道を歩みました。

昭和50年代にもう一つの切れ目も完成。

続いて一行は切れ目を見にきました。対岸には西側の漁師さんが住んでいた場所。切れ目も見えます。

ブラタモリ(サロマ湖)流氷からホタテを守る技術とは?

「あそこがサロマ湖の一大転換点なんですね」
「さらにまだドラマが」
「冬といえば」
「流氷?」
「あそこからはいってくる?」
流氷が切れ目からはいって、養殖施設を破壊していたのです。
点々とブロックがみえます。
そこに水に置くロープをはる。アイスブームといい、世界に類をみない技術です。
写真で流氷をとめている様子を見ます。

ブラタモリ(サロマ湖)エンディング

長い砂州を舞台にドラマは繰り広げられたのですね。
「まあ、長いドラマがありましたね。ホタテの苗を育てるのによい環境になったのは、身をけずった砂州のおかげ。人間が出口を作って、ホタテの養殖がはじまった。こんなドラマがあるとは思いませんでした」

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