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ブラタモリは天橋立!共通テストにも出た?見逃した方はこちら!2021.1.9放送

ブラタモリは天橋立。
放送から一週間後の、2021.1.16の共通テスト 地理Bで、天橋立の問題が出たそうで・・
ブラタモリへの感謝の声が上がっているみたいです。

では、放送の様子です。

天橋立を見下ろす南側の展望台からスタート。
天橋立の絶景を見る二人。
またのぞき台から、逆さに見える天橋立を発見。

ここにくるまではモノレールにのらないといけません。

砂州は東西の海から運ばれてきた砂が堆積してできた。

「股覗きからみた風景へ何に見えましたか」
「龍?」
「そうです、この景色が旅行雑誌をかざっています。」
飛龍観と言われる景色です。

「なぜ人々は天橋立を目指す」というのが今日のお題です。
天橋立は日本三景の一つ。
江戸時代には、日本三景の一つになっていました。

貝原益軒も天橋立の景色を褒める文章を残しています。
貝原益軒は、北側のお寺から見たのだそうです。

貝原益軒からみた成相寺にケーブルカーで昇ります。
ケーブルカーが苦手なタモリさんは、徒歩のほうがいいといいますが・・

ここ、北側からみた天橋立も「ここもまたいいな。どっちがいいかなあ」
「しっぽが長く感じませんか?」
これが江戸時代の日本三景の景色。ここにもまたのぞき台があります。
「ここからの眺めは龍には見えない。橋という感じですね」

奈良時代の丹後国風土記には、この景色を「神様が天に上るハシゴが倒れてしまった」と表現しています。
砂州が出来た理由がわからない当時は、この景色が神聖視されていました。

天橋立は、景色以外にも目指す理由がありました。
今歩いている道は古代からあった。
明治時代の地籍図を見ると、まっすぐな道が少しだけずれている。
「このずれた先に今はないあるものがあった」と案内人さん。

農家の前を通って、今は静かな古道を歩きます。
「農家には柿」
タモリさん、柿は好物のようです。

さらに、少しずれているという道を曲がって、昔何かがあった空間へ。
礎石は残っています。
「なんだと思われますか?」
「国分寺?」
「正解です」
丹後の国の国分寺かたっていました。
高台に南向きに建てられる国分寺。
さきほどの道は、真南をむいているのです。

雪舟が書いた絵に、この国分寺と五重塔が描かれています。
「砂州もうちょっと長いよね」

今は、天橋立の南の宮津~天橋立駅が栄えていますが、かつてはこのあたりが中心地。
多くの人が目指す場所でした。
「この場所はいいよね。天橋立が全部見えるもの」

「丹後の中心がなぜここに作られたのでしょう」
「景色だけじゃない?」
「解き明かすカギは地名です。溝尻(みぞしり)」
枯れてしまった川があります。尻ははしっこの意味。
「この川は丹後にとって大事な役割を果たしていたんです」
溝尻には港があり、この川を通って物資が運搬されていました。

海に出てみると、家の感じが港っぽい。
「ここは入り組んだ湾の奥」
天橋立がが波を防ぐおかげで、非常に穏やかだった溝尻に港が作られました。
江戸時代になると、舟屋がつくられ、海岸ぎりぎりに、海を分け合うように細長い建物が、並んでいます。

「舟屋いい。養子になりたい」
井上さんという若い男性にご自分の舟屋を見せてもらいます。
海ぎりぎりまで舟屋ができています。
「昔は和船をおいていて、雨に濡れないように屋根をかけていました」
井上さんは、残念ながら船舶免許がない。
マイ桟橋があるのをうらやむタモリさん。

しかし、こんなにいい溝尻があるのに、発展したのは天橋立の南側。
今度は、南側から天橋立に上陸します。
天橋立は海水浴場。
「日本三景で泳げるなんていいね」

天橋立を歩いていくと「天橋立神社」があります。
鳥居の向きが、今来た道とは違うし、参道の向きもずれています。
海に面して鳥居があります。
「海から来る神社?」
天橋立神社は海から来るのが正式ルートだったのです。
改めて、雪舟の天橋立を見ます。
タモリさんがさっき指摘したように、今よりずいぶん砂州が短い。
昔の絵を見ると、江戸時代に300mほど砂州が伸びたのです。
そして、南の岸との距離が近くなったため、大正時代に南の岸との間に橋ができました。
「京都からの人は南から来るものね」
天橋立の南側は近代の観光地として発展するようになりました。

「もう一つ起こったこともがあります」
砂州が曲がって伸びたので、ハシゴ形の天橋立が龍の形になりました。
(これは案内人さんの説)

町の発展の様子を見に行きます。
江戸時代の絵図と比べながら、智恩寺を歩きます。
「全然ちがう。ここから絵になるはずなのに」
「これ埋めたの?」

町が観光地として発展した天橋立の南側では埋め立てをして土地を広げたんです。
江戸時代の絵図では、小さな入江があるのをタモリさんは発見。
入江の名残を見に行きます。
町の中の川をたどると、タモリさんが気になった入江を見ることができるそうです。

川は駅のホームの中に続いているそう。
ホームからは、池のようなものが見えます。
「さっきの内海の名残がここ?」
「ぎりぎりまで建ってますね。舟屋?」
池の周りには、かつて舟屋だった縦長の建物が水辺に沿って並んでいます。

舟屋を持っている家もあったので、入江がのこされたのです。
「駅降りたとたんに面白い。普通の人が見たらきたない池だと思うだろうけれど」

埋め立てが進んで、大正時代には駅もできて、天橋立観光の入り口に。
南側は観光の中心になりました。

「なぜ人々は天橋立をめざす」
「やっぱりめずらしいよね。北側の中心地が南に移り、さらに成長する天橋立」

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