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じゅん散歩は九品仏(くほんぶつ)2019.9.26放送!九品仏散歩情報も!

2019年9月26日のじゅん散歩は、九品仏(くほんぶつ)を歩きます。
どんなお散歩になるでしょうか?記事後半に九品仏情報も書いてみましたー

【じゅん散歩】
三代目散歩人・高田純次が「九品仏」を散策▽自由が丘のとなり町で究極の柔らか大福を発見!▽大修繕期間20年!9体の“金箔仏像”
【九品仏情報】
浄眞寺は奥沢城の跡。姫の悲しい伝説が!
九品仏の九体の阿弥陀如来像はどうやってできた?
九品仏駅はホームから電車が余っちゃう!駅舎に2階がついてて気になる!

「浄眞寺というのがここにあって、これがあるから九品仏というんです。
前に来たときは、阿弥陀如来像が修復中だったんです。
今日はできあがっているか、見に行こうかな」

【ナレーション】
九品仏の駅名は、浄眞寺に九体の阿弥陀如来像が祀られていることに由来しています。
阿弥陀如来像は創建以来初となる大規模修繕の真っ最中!
前回、じゅん散歩で訪問した時は、一体が修繕中でご不在でした。
あれから三年半、修繕の進み具合が気になるところです。
今日は、お散歩とお参りを楽しみます。

踏切の前から、線路をのぞくと自由が丘の駅も見えます。
とても近いです。


じゅん散歩:イトヲカシ 新感覚!究極のやわらか大福

飲めるほどに柔らかい」と看板の出ている和菓子やさん。
板の上にたくさん和菓子のサンプルが!
ベースになっているのは、つぶあんクリーム。

高田純次さんは、試食して「うまいね、この柔らかは飲めそうだ」
大福は普段はすべて冷凍で販売していています。
冷凍のままだと雪見大福のように食べられるそう。

「僕も自分をやわらかくしていたいと思ってるんですよ。柔らかい男だね、ってね」

◆イトヲカシさんのツイート!

イトヲカシ
世田谷区奥沢7-19-17
03-6882-0005
・大福 粒餡&クリーム 378円 ※通常は冷凍販売



じゅん散歩:浄眞寺!3年半ぶり再訪!仏像大修繕の今

浄眞寺に来ました。
参道で、じゅん散歩をいつも見ているというご夫婦に会います。

【ナレーション】
5年前から阿弥陀如来像の大修繕は、20年かかる予定です。
修繕は専門の場所美術国宝インで行います。
300ほどの部材に解体され、金箔を損なわないよう、新な金箔を追加していく作業です。
(金箔を張ったり、頭の青い部分を塗ったりする映像)
現在は2体が、修繕を終えて戻ってきています。

住職さんと一緒にお参り。修復前の阿弥陀様を見せていただきます。
次に修復を終えて帰ってこられた阿弥陀様を見せていただきま
す。
「私が思っていた金ピカピンとは違う!」と高田純次さん。落ち着いた金色になっています。
住職と修理の方が打ち合わせをして、どのような修理をするか決まるそうです。

今、修理中でお留守の阿弥陀様の席もあります。

「修繕して何か出てきたってことは?」
「今解体した阿弥陀如来像の中には、手紙が入っていました」
「解体して千両箱がでてきたらどうします?費用にあてられますもんね」

浄眞寺
世田谷区奥沢7-41-3
03-3701-2029



九品仏情報:浄眞寺は奥沢城の跡。姫の悲しい伝説が!

じゅん散歩で歩いた浄眞寺の地は、かつては奥沢城と呼ばれていて、大平出羽守の城でした。
土地は、南から突き出した台地の突端にあり、三方を深い田(奥沢の底なし田んぼ)に囲まれていたようです。

大平氏は吉良氏の重臣で、北条氏が滅亡するとともに廃城になりました。
城の遺構などは無いそうです。

奥沢城淨眞寺には、姫の悲しい伝説が残っています。
淨眞寺の驚くほど充実のサイトに掲載されていたものです。

淨眞寺が創建する以前、この地には奥沢城が建っておりました。
奥沢城主大平出羽守には常盤姫という美しい娘がおりました。
年頃になると主君である世田谷城主吉良頼康の側室となり、常盤姫はその美しさのゆえに頼康の寵愛を一身に受ける様になります。
しかし、その事が原因で他の側室から妬まれてしまい、側室達は常盤姫が不義を犯したかのような告げ口を頼康にする様になっていきます。
何度も告げ口を聞かされた頼康は徐々にそれを信じ常盤姫を遠ざけるようになってしまいました。

悲しみにくれた常盤姫は、幼い頃から可愛がっていた白鷺の足に、自らの潔白を書き記した文を結びつけ、父母のいる奥沢城へ放ちました。
しかし、時を同じくして奥沢城近くで狩りをしていた頼康の目にとまり、白鷺は射ち落されてしまいます。

白鷺に近づいた頼康は足に結ばれている文に気付き、開き読んで愕然とします。
常盤姫の無実を知った頼康は急ぎ世田谷城に戻りますが、常盤姫はすでに自害しておりました。その後、白鷺を奥沢城近くに埋めて供養した所から草が生え、白鷺に似た花が咲きました。この花が「さぎ草」であります。

現在さぎ草は世田谷区の花とされており、境内「さぎ草園」に毎年8月上旬多くの花を咲かせております。

九品仏情報:九体の阿弥陀如来像はどうやってできた?

お寺のホームページが充実!動画がトップページにはいっています。

◆浄眞寺の由来(お寺の説明板より)

創建の由来
当山はひろく「九品仏」の名で親しまれているが、正式には「九品山唯在念仏院浄真寺」といい、浄土宗に属し、境内約12万㎡(3万6千坪)は往古の面影を保存する都内有数の風致地区である。開山は江戸時代初期の高僧「珂碩(かせき)上人」で、四代将軍徳川家綱公の治世延宝6年(1678)に、奥沢城跡であったこの地を賜り、浄土宗所依の経典である観無量寿経の説相によって堂塔を配置し、この寺を創建された。「江戸名所図絵」に描かれている堂塔の配置と現状とはほとんど変わりはないが、昭和40年に本堂・仁王門とも茅葺を銅板葺に改修した。

◆九品仏と三仏堂(お寺の説明板より)

珂碩上人(1617~94)は、念仏行者として一代の高僧であるとともに、また非常に彫刻に秀でられ、その彫刻された仏像も多数におよんだ。なかでも、18歳で発願、51歳のとき完成した九体の阿弥陀如来像(九品仏)は上人畢生の結晶といわれる代表作で、未代衆生化益の尊い御仏像である。
九体とも文化財の指定をうけ、上品堂(中央)・中品堂(右)・下品堂(左)の三つのお堂(三仏堂)にそれぞれ三体ずつ安置してある。
上品堂のうち、中央を上品上生仏、右を上品中生仏、左を上品下生仏とする。中品堂、下品堂と同様で、したがって阿弥陀さまには、上品上生から下品下生まで九つの名があり、、それぞれ手の位置および印契が異なっている。なにゆえに阿弥陀さまに九品の差別があるの、一つには私たちの浄土教入信の過程・段階を、二つには念仏によって浄化される私たちの心の様態を示し、三つには往生人たるわれわれの機根を分類したのであって、私たちが念仏信仰に入るときの動機から、段々念仏によって身と口と意の三つが浄化されてゆき「生けらば念仏の功つもり死なば浄土にまいりなんとてもかくてもこの身には、思い患うことぞなき」という念死念仏の心境に至る道程を示したものということができる。京都府下の浄瑠璃寺(九体寺)とともにわが国における東西の九品仏像の双璧である。

◆お寺のFacebookに阿弥陀様が。お寺にも電気設備点検の日はやってくる!

◆お寺のFacebookにサギ草開花情報が(8月)

九品仏情報:九品仏駅はホームから電車が余っちゃう!駅舎に2階がついてて気になる!

九品仏駅も何かと話題です。
ホームが短いので、電車がはみ出ちゃいます。
駅舎になぞの2階部分が!気になります。

◆九品仏がのってるツイート!左上の写真が気になる駅

◆昭和40年代の九品仏駅、そんなに変わらない!

◆列車がはみだしてる!降りる人は気合が必要だ

◆いい感じですねー