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じゅん散歩は北の丸公園!見逃した方はこちら!2019.10.24放送!北の丸公園散歩情報も!

2019年10月24日放送のじゅん散歩は、北の丸公園を歩きました。放送の詳しいレポートと、北の丸公園情報をお届けします。

じゅん散歩:
三代目散歩人・高田純次が「北の丸公園」を散策▽来年のオリンピックに向け改修中の日本武道館▽カメラが年齢を判断!?大人を魅了する最先端技術▽都心に滝が…紅葉の名所
北の丸公園情報:
・北の丸公園の歴史
・清水門と田安門を見なくては!

今日は北の丸公園の武道館前からお散歩スタート!
「武道館というので、募金箱を持ってきました。
けれど今年の24時間テレビはここじゃなかったんですね。
現在武道館は、改装中。黒柳徹子さんのところもきれいにしています」

黒柳さんみたいな武道館のシンボル、屋根のたまねぎも改装中のようです。

・以前のじゅん散歩「竹橋」(2019.5.31放送)では、竹橋から、学士会館と平河門を眺めて、国立公文書館を訪問したのでした!
令和に変わったばかりの放送だったので、当時話題になった平成の額を見学していました。
じゅん散歩「竹橋」の詳しいレポートはこちら!

じゅん散歩:北の丸公園!日本武道館がある都会のオアシス

【ナレーション】
日本武道館は1964年の東京五輪で柔道の会場として使われました。

現在は中道場棟の増築などが行われています。
北の丸公園は東京ドーム約4個分の広さの公園です。


千鳥ヶ淵散歩道を歩きます。
「都会じゃないみたいだね」
ロケは台風のあとだったのかな?
葉が散っていて、人口密度低め。
のんびりした静かな風景です。

高田純次さんが歩いていくと、池につきあたり、東屋や滝も見えます。
「涼しいし、等々力渓谷と似ているね」

ネパールから来たという夫婦とお話。
ご主人は、カレー屋さんだそう!
成功して奥さんと暮らしているみたい!
「二人とも愛してますか?」と高田純次さんが聞くと、それぞれうなずく二人。
とてもいい感じのお二人。

このあたり、11月からは紅葉が美しいそうです。

北の丸公園
千代田区北の丸公園1-1
03-3211-7878

じゅん散歩:科学技術館!最先端技術を身近に体感

科学技術館が見えてきました。
青いベストの松浦さんが案内してくれます。
「科学や技術を自分でさわって動かす技術館」というのが、コンセプトだそうです。

しゃべったことが入力されるマシンを体験。
次に体験したのは、顔認証システム

顔を映すと、性別、年齢を判定してくれるそう。
72歳の高田純次さんは67歳と判定されます。
「若くでるように作ってあるでしょう?」

番組スタッフのしょうじさんを映すと、39歳と判定が・・
「やだー」と心外なしょうじさん。
「まだ粗削りなんですよ」と謝る、案内の松浦さん。

この機会は、来年の東京オリンピック・パラリンピックでは全会場で関係者の入場に使われるそうです。

何度映しても、年取った判定がでるしょうじさん。
高田純次さんの方は、近づくと70歳くらいになり、
「なるほど、近づくとしわがね」
判定は、機械との距離で変わるみたいです。

スタッフのりっちゃん38歳の判定は39歳で、年相応。
「同じというのも・・」と平凡な結果にちょっと残念?な高田純次さん。

この判定シシテムは、大人が盛り上がる展示だそうです。

まあ、そうですよね。年を判定されちゃうとね、盛り上がるというか、恐ろしいというか・・・大人女子には危険です。

科学技術館
千代田区北の丸公園2-1
03-3212-8544
・入場料
大人 880円 / 65歳以上 790円
小・中・高校生 500円 / 幼児(4歳以上) 400円



北の丸公園情報:北の丸公園の歴史は?

私へいあらんは、お城にはさっぱりくわしくないのですが、ちょっと調べてみました。
江戸城北の丸があった場所です。

環境庁ホームページ、千代田区観光協会ホームページ、一般財団法人国民公園協会ホームページなどに情報があります。
一般財団法人国民公園協会のサイトが詳しくてよかったです。
お城初心者にもわかるように、堀や門も見どころを説明してくれていますよ。
特に、「自分歩きマップ」は、皇居のお散歩には必携かも!

では、公園の歴史を見ていきましょう!

太田道灌らが江戸城を築城した際には、関東の守護神でもあった築土神社(旧:田安明神)の旧地でした。

築土神社は、この縁で、江戸城北の丸の田安御門内に祭礼の神輿の入城が許されています。

徳川家康が入府した際には、関東代官であった内藤清成旗本の屋敷となったため、代官町と呼ばれていました

三代将軍家光時代には、大奥に仕えた女性たちの隠居所となりました、家光の三男長松(甲府宰相綱重)や有名な春日局、天樹院(千姫)らも過ごしたそうです。

8代将軍である徳川吉宗が就任してからは徳川氏の御三卿であった田安徳川家が1731年(享保16年)に、清水徳川家が1759年(宝暦9年)に上屋敷を構えるようになりました。
敷地内には御蔵地や植溜御用地、馬場などもありました。

江戸城が大きくなるにつれ、身分の高い方が住むようになっていったようです。

維新後、明治政府によって近衛師団の兵営地が設置されました。国立近代美術館のあたりは近衛砲兵の兵舎となりました。
近衛師団は、皇居と皇族の護衛、帝都の防衛が主な任務で、毎日近衛兵が乾門から皇居へ入り、24時間交代で二重橋などの歩哨についたそうです。(現在の東京国立近代美術館工芸館は、近衛師団司令部の建物を改修して利用)。

戦後は、多くの建物を取り壊して、芝生地や池、ヤマモミジ、ケヤキ、コナラ、クヌギ等の里山の木々や野鳥が好む実のなる木、花木など落葉樹林を数多く植えました。

昭和館、東京国立近代美術館、工芸館、国立公文書館、科学技術館などの文化施設が建設されています。

1969年(昭和44年)に昭和天皇の還暦を記念して北の丸公園として整備し、一般に開放され、現在に至っています。

(参考資料:環境庁ホームページ、千代田区観光協会ホームページ、一般財団法人国民公園協会ホームページ)



北の丸公園情報:清水門と田安門を見なくちゃ!

では、公園内にある門を見ていきましょう。

田安門

国指定重要文化財の田安門は、寛永13年(1636)に建てられたと考えられています。古くは「田安口」または「飯田口」ともいい,上州方面への道が通じていたといわれています。

田安門の由来は、門内に田安大明神があったためだといわれています。
江戸城ができてからは、北丸といい,代官屋敷や大奥に仕えた女性の隠遁所となりました。
千姫や春日局などの屋敷などもこの内にありました。

八代将軍吉宗の第二子宗武が、ここで田安家を興しました。
宗武は、有名な松平定信のお父さんなのです。
賀茂真淵に師事し、国学に造詣が深かったそうです。
現在田安門がある北の丸公園には,田安門から南北をつらぬくように西側一帯を田安家,東側一帯を清水家が所有していました。

現在は田安門から北の丸公園へ常時出入りができます。
田安門外は、土塁が築かれていて、その両側にはソメイヨシノが並び、もみじも見られます。
田安門脇の階段を上がると、「天皇陛下 野立所」「弥生慰霊堂」があり、ここか ら田安門の全景が見られます

清水門

寛永元年(1624)助役大名,浅野長晟により建てられた枡形の城門。国指定重要文化財です。  
門名については,昔この辺りに清水が湧き出ていた、また、古くはこの辺りに清水寺があったなどの説があるそうです。

九代将軍家重の第二子重好に,一家を創立させて、門名にちなんで清水家と称したそうです。(門の方が先にあったんですね!!)

清水門には、江戸城址で唯一の雁木坂が残っています。

雁木坂は、高さがあって幅のある階段は登りにくく、間の空いた階段の形が雁の行列を作って飛ぶ姿に似ているのでこの名前がついたと考えられているそうです。



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