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ブラタモリ甲賀(こうか)・信楽(しがらき)見逃した方はこちら!2020.3.7放送

ブラタモリは、忍者で知られる甲賀と、信楽焼の信楽、となりあった地域を訪ねました。
林田理沙アナの記事も書いています。こちらです。

ブラタモリ甲賀・信楽(こうか・しがらき)オープニング

ここは甲賀市(こうか)の神社
「いきなり連れて来られて、どこだかわかりません」
たぬきの忍者がいます。

今回は、スカーレットの舞台 信楽(しがらき)と
忍びの里 甲賀 忍者の伝説が残ります。

まずは、甲賀を、小谷徳彦さんが案内。

甲賀は歴史の表舞台にも深く関係しています。
今、甲賀忍者と言われているのは、甲賀の武士のこと。
今日のお題は、「歴史は甲賀で動いた!?」

「この神社の拝殿に各集落の長が集まって、話し合いをしていました」
「なんの話し合い?」
「それが大事」

「今から忍法をおみせします」と案内人さん。
拝殿で手をたたくと、「びょーん」という音。
「これ忍法?がっかりだな」と辛口のタモリさん。

ブラタモリ甲賀(こうか)甲賀武士が歴史を動かした

甲賀武士の秘密をさぐりに山へ。

「甲賀忍者のイメージは?」
「ニンニンはよくいいますね」と林田さん。
「あ、ふだんはいいませんよ」
忍者になった林田さんの映像が流れます!

土塁に囲まれたこの場所は、山城。こんな山城が200以上あるそう。
「伊賀は、なわばり争いで、いさかいが絶えなかった」と聞きました。
「そこまでは、同じです」と案内人さん。

「伊賀武士とは違いがあるんです。」案内人さん。
「伊賀の山城には、土塁に石を落とすためのくぼみがあったり、土塁が3重になっていたりしたが、ここにはそれが無い」と気が付くタモリさん。
「城を進化させてないんだ」

案内人の説明によると、伊賀は織田信長が攻めて来たけれど、甲賀は織田信長と戦わないことを選択した。
甲賀武士は織田と組んで、伊賀を攻めることに加勢したのです。

「卑怯と思う人もおるかもしれないけど」
「戦国時代はみんな卑怯でしたよ」とタモリさん。
「どうやって自分の党が生き残るか」
「甲賀武士は誰につくべきかをみきわめるのに長けていたのです」案内人さん。

・甲賀武士は、室町幕府から逃げてきた六角氏を守り抜く
・天正伊賀の乱では、織田信長に加勢
・徳川家康が明智軍から逃げた時は、家康軍を守る

甲賀武士は、時代の節目に選択にせまられ、歴史を動かしてきたのです。
伊賀より、京都に近く、近江にも隣接。
何かあると、攻められたり、逃げ込まれたりする場所。

この立地が、生き残るため情報量や、知恵をはぐくんでいた。
神社の拝殿で長が話していたのは、決断をどうするかという話し合いでした。


ブラタモリ甲賀(こうか)豊臣秀吉が甲賀武士を制圧するためにとった策を探る 旧東海道

旧東海道を歩きます。保育園児と出会います。
「おじさんはこうやってブラブラしてるんだよ」

四差路にでます。
一本の道が、三本に別れる。

豊臣秀吉は、家康との戦いを妨害した甲賀武士に不信感を抱いていました。
「林田さん、ブラタモリで町の見方がかわりました?」と案内人さんが質問。
「カーブを見るだけで、川のあとかなと」
あーっ、わかります!

近くの山(古城山)には、豊臣が城を築きました。三本に増やした道ぞいに、甲賀武士を住まわせ、監視することにした。
武士の身分もはく奪し、甲賀武士同士の話し合いも禁じた。
甲賀武士の活躍がここで終わったことを知ったタモリさん「はかないな」

ブラタモリ甲賀(こうか)豊臣秀吉が甲賀武士を制圧するためにとった策を探る~古城山

では、古城山の上にいきます。
非常に眺めがよく、さっきいた場所にいるスタッフがパネルを振る様子が、よく見えます。
甲賀武士の動きも監視できる!

そして、旧東海道もよく見えます。
「京の入り口がよく見張れる」


東には徳川家康がいました。
鈴鹿山脈のふもとで、豊臣勢力圏の東端でもあり、豊臣秀吉としては、ぜひ押さえておきたい場所だったのです。
その後、豊臣秀吉は、北条も滅ぼし、天下を統一しました。


ブラタモリ信楽(しがらき)お茶壺道中と信楽焼

ここからは、信楽の話になります。
再び旧東海道へ。
「お壺おきどころ」と古い地図に書いてあります。

ヒントは籠(かご)。お茶壺道中といって、徳川将軍が権威を誇示するために、お茶を籠にのせて、行列をしていたのです。このお茶の壺に信楽焼が使われました。

「ずいずいずっころばし」で歌われる茶壷は、「お茶壺道中」のこと。
林田理沙さんが、ずいずいずっころばしを歌ってくれる。
「これがおもしろいの?」
タモリさんは、一人でずいずいずっころばしをしていたみたい。

お茶壺道中に使われたことで、信楽焼きは日本中で人気に。

「なぜ信楽焼は日本を代表する焼き物になったか」
と次のお題が信楽焼きの中にはいっていました。


ブラタモリ信楽(しがらき)の秘密 博物館

信楽焼は、多くの人に愛されました。
昭和天皇がいらした時に、信楽焼のたぬきを差し上げたら、興味をもって和歌をよんだことがあり、話題に。昭和天皇はなんと、子どものころから、タヌキの置物がお好きだったそう。

岡本太郎も、千利休も信楽焼を愛好。
こんなに愛されるのは、信楽焼が変幻自在だから。どういうことでしょう?

一行は、博物館で信楽焼を見ます。
信楽焼きは、火鉢のシェアのほとんどを独占していました。
手りゅう弾などの武器も、信楽焼きで作られたものがあります。

汽車の旅のお茶の入れ物としても使われていました。
タモリさんは使われているのを見たことがあるそうで、「これ熱いんだよ」

信楽焼のバスタブ!
林田理沙さんが妄想入浴。

岡本太郎さんが創作物、「黒い太陽」に使用。
国会議事堂にも使用。
今、名画も信楽焼きで再現されています。

千利休も愛用。
茶人を魅了したものは、「蟹の目」、「自然釉」という自然に出る突起や模様。
「火色」と呼ばれる独特の色合い。
焼くと自然に出る風合いが、茶人の心をつかみました。

「変幻自在な信楽焼は、どうして生まれたんでしょう?」

ブラタモリ信楽(しがらき)信楽焼の土は?

信楽焼の土がとれる山へ。
タモリさんは土をみて、「石英と長石だ」
「あれがカニ目になったり、ガラスのようになったりするんだ」
石英・長石は溶けるとガラス状になり、それが突起や模様になるのです。

また、石英・長石が入ることで、石垣のように支えになって、大きな製品がつくれる。
「おそばにつなぎが入る感じですか?」と林田アナ。
「近いようで遠いようで」とタモリさん。
もともと、ここの地層は花崗岩。風化すると、長石・石英になる。

湿地帯に花崗岩が堆積してこのような地層ができた。

信楽焼の「火色」と言われる赤っぽい独特な色も、花崗岩の鉄分が酸化してできる色。
鉄の量が絶妙なことで、あの色になったそうです。

「甲賀と信楽は全く別の地域みたいだな。戦乱と、芸術。」
「甲賀と信楽は、花崗岩の分布がぜんぜんちがう、これが信楽と甲賀のちがいになったんだな」
「石によって生かされている」とまとめたタモリさんでした。

ブラタモリ甲賀・信楽(こうが・しがらき)番組のサイト

「忍者の里」甲賀と「スカーレット」で注目の信楽。全く異なる地域で2つのテーマをタモリさんがブラブラ歩いて解き明かす▽なぜ信楽焼は日本を代表する焼き物になった!?

「ブラタモリ#159」で訪れたのは滋賀県の甲賀市。東の甲賀エリアで「歴史は甲賀で動いた!?」、西の信楽エリアで「なぜ信楽焼は日本を代表する焼き物になった!?」、市内で2つの異なるお題を探る▽甲賀武士が歴史を動かした選択の数々を検証!?▽豊臣秀吉が甲賀武士を制圧するためにとった策を探る▽「ずいずいずっころばし」と信楽焼の関係とは!?▽変幻自在!信楽焼の魅力を徹底的に探る▽信楽焼をつくる土の秘密とは?
【出演】タモリ,林田理沙,【語り】草彅剛



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